ぎふ物語

育ての親と生みの親〜義父と娘と頻繁におかん第13話〜

義父と娘と頻繁におかん13話

ぎふ

ぎふ(@gihu2musumeokan)です。

私は、血の繋がりがない娘と奥さんと3人で暮らすごくごく普通のパパです。

赤の他人だった私たちが家族になっていく姿を描いた「ぎふ(義父)物語」。

血の繋がりがない私たちが家族になるまでの物語「ぎふ物語」はこちらから。

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ぎふ物語第13話は「育ての親と生みの親」です。

おかん

ほー…なかなかハードな話かな?

ぎふ

そんなことないよ。
でも、ぼくには2人の父親がいたんだ。

両親は私が20歳くらいのときに離婚をし、私自身「生みの親」である父と離れ離れになりました。

その後、母にはめでたく良い人ができて、私はその人と1年半ほど一緒に暮らすことになります。

その人は1年半という短い間でしたが、紛れもなく私にとって「育ての親」でした。

おかん

どーして1年半だけなのに「育ての親」って言えたの?

ぎふ

それは、その人が「生みの親」よりも愛情を感じる接し方をしてくれたからかな。
子供目線で血の繋がりは関係ないって思えたよ。

当時はそこまで意識しませんでしたが、今の私なら1年半だけ「育ての親」だった人の気持ちが痛いほど分かります。

ぎふ

今日は実の父、そしてもう1人の「ぎふ(義父)」の話。

おかん

よかったら最後まで見てってくださいね。

運営者プロフィール 31歳アパレル内勤 離婚経験あり 血の繋がりがない娘と暮らして4年 ブログにて「ぎふ物語」執筆中

運営者プロフィール・Twitter(gihu2musumeokan

私の【生みの親】

私は、実の父との思い出らしい思い出がほとんどありません。

それは、父が自営業を営む経営者という立場だったからです。

  1. 寿司屋を営む板前さん
  2. 自営業で忙しく、家に帰ってこない
  3. 父と遊んだ記憶はほぼない

ぎふ

私は父親という存在がどうあるべきか、分かりませんでした。

寿司屋を営む板前さん

父は調理師免許をもち、レストランで修行を積んだのちにお寿司屋さんになりました。

スキンヘッドに板前さん用の帽子を被る、ちょっとイカつめなお寿司屋さん。

ぎふ

思い返すとかっこいいかも。(笑)

近所でも評判のいいお寿司屋さんで、それなりに売り上げもあったみたいです。

繁盛していたのもあって戸建てに車、母は専業主婦という理想の家庭を手に入れた父。

ぎふ

…のはずでした。

自営業で忙しく、家に帰ってこない

朝から晩まで仕事ずくめだった父は、ほとんど家に帰ってきませんでした。

帰ってくるのはいつも夜の10時過ぎで、疲れを理由にすぐ自分の部屋へ行ってしまう父。

ぎふ

そんな父との会話は「おかえり」「ただいま」だけ。

私が中学生になると、父は家にすらあまり帰ってこなくなり、会話することがほぼなくなりました。

寂しくない?いやいや、むしろそれが普通だと思っていたので寂しさはありません。

わたしにとって「父親」という存在は〈帰ってこない〉のが当たり前だったのです。

ぎふ

当時を考えると、自分が父親をやってけてるのが信じられません。

父と遊びにいった思い出がない

自営業だった父は、当然土日も仕事。私は父と遊びにいった記憶が1つもありません。

「オーバーだな」と思うかもしれませんが、唯一の思い出はというと…

———-父を迎えに行く母との車での道中———–

おー、ぎふ!!元気かお前〜※酔ってる

小学生ぎふ

…うん。

◎△$♪×¥●&%#?!※何を言ってるかわからない

これだけ。(笑)

ぎふ

家族で旅行なんて夢のまた夢。

たまに早く帰ってきたときに、ビー玉を転がして的に当てるゲームをした記憶はありましたが、それ以外の思い出はほぼありません。

おかん

そんなに遊んだ記憶がないんだ?

ぎふ

ない。今だから分かるけど、当時は本当に忙しかったんだと思う。
あと、あんまり子供好きじゃなかったのかな。(笑)

父と母の離婚

そんな感じで、父との思い出がほぼないまま成人を迎えたころ。

父と母は離婚することになりました。

ぎふ

この頃の両親はというと…。

父親は365日帰ってこない
会話は電話でお金の話だけ

もはや夫婦としての形はどこにもなく一緒にすらいなかったので、離婚してるも同然。

母から「離婚するよ。」と言われても「やっとだね。お疲れ様」というのが正直な気持ちでした。

おかん

なんでぎふが20歳になったタイミングだったの?

ぎふ

母としては、子供がちゃんと巣立ってからと思ってたみたいなんだよね。
そんなに気にしてなかったんだけどね。母なりの気遣いだったんだよ。

新しい父親と1年半ほど暮らす【育ての親】

親が離婚してちょっとした頃、母には恋人ができました。

当時のぎふ家の状況はというと、「母・次女・ぎふ」の3人でアパート暮らし。

※ぎふは3人兄弟で末っ子長男姉2人。※運営者情報|ぎふブログについてを参照

3人でそれなりに仲良く暮らしていた最中、知らない男の人が家族の一員になったのです。

  1. 最初は受け入れられなかった
  2. 母といつも一緒にいてくれた
  3. いつも私を気にかけてくれた

ぎふ

赤の他人が自分たちの家に…正直不安がいっぱい。
しかし、そんな不安は次第になくなりその人は〈育ての親〉となりました。

最初は受け入れられなかった

「新しい人と一緒に住みたいけど良いかな?」そんな母からの一言に最初は戸惑いました。

口では「全然だいじょうぶ」とは言っていたものの、生活空間に他人が介入するのは内心嫌。

ぎふ

一緒に住むって言ってるね。

次女

うん。正直しんどいよね。
お母さんは舞い上がってるけど、私たちがしっかりしないとね。
あと、部屋には鍵をかけたい。信じてないわけじゃないけど…。

これが現実。もちろん母に新しい人ができて嬉しい気持ちもあったのですが、とはいえいきなり他人と一緒に住むのはハードルが高すぎます。

母が騙されてるのでは?
寝ているときに襲われるのでは?
お金を取られて逃げられるのでは?

そんな不安をもち、「私たちだけでもしっかりしよう」と決意を固めた次女と私だったのです。

おかん

それでも一緒に住むことにはOKできたんだね。

ぎふ

うん。不安はもちろんあったよ。
けど、何より「支えてくれる存在」が母にできたことを喜んであげたかったからかな。

母のそばにいてくれた

その人は、私の父(生みの親)とは違い、時間があるときはいつも母のそばにいてくれました。

トラックの運転手をしていたその人は、深夜に働き、昼〜夜は家のリビングで過ごす毎日。

ぎふ

そこには、楽しそうに会話する母の姿がありました。

父と別れるまでの母は、いつも1人で家事をこなし、私たち家族と一緒にいてくれました。

しかし、そこに母を支えてくれる人はおらず、影で寂しい思いもしていたと想像できます。

そんな状況が続いていた母が楽しそうに家族以外の人とくつろいでいる…。

夜の晩酌をする2人
一緒にドラマを見ている姿
2人でドライブにいく姿

そんな楽しそうな母の姿を見ていたら、新しい人に対しての不安は次第に無くなっていきました。

夫婦としてごくごく普通のことができなかった母にとって、新しい人は〈希望の光〉だったのではないかなと。

そう思うようになっていったのです。

おかん

生みのお父さんはほとんど一緒にいれなかったんだもんね。

ぎふ

そうだね。父と笑って話してる姿を見たことがなかった。
だから、新しい人と笑顔で晩酌してる姿を見たとき、なんか嬉しかったんだ。

いつも私を気にかけてくれた

新しい人は、いつも私のことを気にかけてくれました。

母とはうまくいっていたその人ですが、次女や私と打ち解けるには一苦労。

ぎふ

というよりも、その人を受け入れるには時間が必要でした。

それでも、その人は私たちと打ち解けるためにできる限りのことはしようと努力してくれたのです。

好きなところに連れてってくれる
好きなものを買ってくれる
お菓子やジュースをストックしてくれる

私と次女、もう大人なんですけどね。(笑)その人なりに父親としてできることはしてあげたいという気持ちが痛いほど伝わってきたのは確かでした。

とくに印象的だった出来事は、私が仕事でうまくいかず、体調を崩していた時期に母がその人から聞いたという一言です。

「ぎふは誰がなんと言おうとおれのせがれだ。」
「おれは絶対に味方する。」

直接言うのは恥ずかしかったのか、影ではよく私と次女のことを〈本当の子供〉と言っていたそうです。

それを聞いた私は、母から受けていたものと同じ〈親の愛情〉を感じたのでした。

ぎふ

今だからわかる、〈血の繋がり〉は親子にとって関係ないということ。

親は血の繋がりではなく〈愛情を伝えられるか〉が大事

1年半だけ〈育ての親〉として一緒に住んでいたあの人は、親のあり方を教えてくれました。

それは、子供にどれだけ「言葉」と「行動」で愛情を伝えられるかです。

自分なりに親として行動でしめす
言葉で「せがれ」と言ってくれた
母を大事にしてくれた

私と次女の親として自分なりの「父親像」を見せてくれた新しい人。内容はどうであれ、そこには間違いなく愛情がありました。

その愛情があったからこそ、その人を親として認められたんだと思います。

ぎふ

努力が目に見えてわかりました。

一方で、〈生みの親〉である実の父も、今思えば自分なりの愛情を注いでいたのかなと思います。

家族のために仕事をがんばる
しっかり休んで仕事に備える

家族のために一生懸命働いて、家族を養おうとしていたのは、間違いなく父の愛情によるものだったのだと。

しかし、父から言葉や行動で〈子供にわかる形〉での愛情は、受けられませんでした。

〈育ての親〉と〈生みの親〉。比較するわけではありませんが、大事なことは、

  • 親子で一緒にいる時間
  • 言葉で愛情を伝えること
  • 行動で愛情を示すこと

この3つだと、2人の父に教わった気がします。

おかん

だからぎふは家族の時間を大切にするんだね。

ぎふ

そうだね。母が大切にしてくれる人だったから、
それの影響もあるけど2人の父に教わったことも大きいかな。

まとめ:今自分が「育ての親」になり思うこと

〈育ての親〉と〈生みの親〉という2人の父がいた私は、今まさに血の繋がりがない娘の〈育ての親〉として奮闘しています。

ぎふ

正直なところ、仕事で忙しく平日は家族の時間がとれないことが多いです。

それでも、〈育ての親〉である新しい人が教えてくれた、「言葉」と「行動」で愛情を伝えることを大事に。

我が子の〈育ての親〉として、娘を支えていきたいと思っています。

ぎふ

イベント事や休みの日はできる限り家族の時間を作りたいね。

おかん

そうだね。思い出をたくさん残そう。

今は何も気づかない娘ですが、大人になったときに、

わたしって愛されていたんだなぁ。

そうやって思ってもらえるように、全力でパパをやってやろうと。

そう誓った2021年11月27日、娘の9歳の誕生日でした。(笑)

きふ物語第13話〜育ての親と生みの親〜

おしまい

ぎふ物語第14話はこちらから。

第14話【デジャヴ?】娘の誕生日に2年連続内緒でディズニーに連れてった話

義父と娘と頻繁におかん14話
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血の繋がりがない私たちが家族になるまでの物語「ぎふ物語」はこちらから。

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